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日本全国に地方色がなくなってきた。とはよくいわれますが、どの土地でもその土地の風土に育まれた食や芸術、芸能、歳時記などの文化は存在するものです。

たとえ駅前の街並みが似通ってきて、IT社会になったとしても、地方の方言が全く消えて無くなるということはないでしょう。

ただ、観察する力をつけないと、気づかないまゝいつの間にか消えてなくなってしまうモノがあまりにも多すぎる時代だと思います。
食とうつわは、切っても切れない関係。
実は知らず知らずに浸透しているのですが、生活の一部になっていて、意外と気がつかないものです。
土地ごとに、長年培われてきた食文化と共に生まれたうつわの形や用途があります。

いえ、ありました。とする方が正解かもしれません。
それこそ郷土食の衰退と画一化してきた情報によって、その土地ならでは。といったうつわの特徴が次々と消滅してゆきます。お互い比較するものがなくなったら、個性はますます無くなってしまうと思うのですが。

この点は豊かな焼物産地を持つ日本において、非常に残念なことです。<うつわのイロハ>を機会に少しでも見直して頂けたら幸いです。
 

小鹿田焼・小石原焼で昔から変わらず作られてきた、代表的なうつわのご紹介

 
【黒木力窯刷毛目片口擂鉢(7寸)】

擂鉢は当たり鉢ともいいます。

擂り粉木は山椒の木が固くて磨耗しにくく、適しているようですね。この擂鉢は中で胡麻を擦って野菜や調味料を混ぜ入れ、そのまゝ食卓に出せる便利なサイズになっています。

昔の家庭で主流だった擂鉢は、大家族だったため、恐らくもっと深くて大きなサイズだったと思います。実は大きい方がどっしりして安定感がよく、擦りやすいという利点もあります。

















元々は台所道具として用いられ、表舞台で見ることはなかった擂鉢。最近は食卓に並べるうつわ兼用の小ぶりサイズが人気です。

九州地方では山の幸も豊富なので、春は山菜や木の芽和え、山芋のとろろ汁、夏は冷たくした冷や汁、秋は青魚の胡桃団子など、四季折々で擂鉢を使う機会が多いはず。特に汁気のあるものには、片口が付いている方が重宝します。

鉢の内側には、びっしりと櫛で細かい擦り目が付けてあります。鉢の上の方まで目が立っているほど当たる面積が広く、早くよく擦れますので、購入するときに自分の手で確かめてください。
 



このサイトでご紹介している小鹿田焼のほとんどのうつわは、皿山で現役最高齢御歳86歳のベテラン職人である黒木力(くろきつとむ)さんの仕事です。

黒木さんは伝統工芸士であり、若いときからロクロの名手でした。今も自分の身体に叩き込まれた技で、作り続けてらっしゃいます。
「もう目も見えないし、作ってきた仕事以外はなにもできんので・・・」そう仰いますが、手馴れた仕事は、昔の素朴な小鹿田焼らしさを残し、現在若い陶工の方たちが新しい試みを模索しているなかで、かえって新鮮な感覚すら覚えます。

前回もご紹介したように、小鹿田では個人の陶印(窯印)を入れませんので、新人もベテランも全て平等に「小鹿田(おんた)」と印すのみ。しかし、個人のクセというものは必ず現れます。見慣れてくるとだんだん何処の窯が作ったものかわかるようになってきます。
 

【黒木力窯 蓋壺(飛び鉋・流し掛け)うるか壺(飴釉)】

 
小鹿田の皿山のまん中に、豊かな大浦川が流れています。
夏は鮎がたくさん獲れますので、村では保存食として「うるか」(塩辛)を仕込みます。この土地では、そのうるかを入れるための壺として、掌に収まるような小さな蓋壺の需要があります。

別の用途としては、台所の砂糖、塩、味噌、梅干しでもよいでしょう。タッパーやガラス瓶に比べると機密性には劣りますが、焼物ならではの利点もあります。
表面に見えない空気を通す穴が開いているので、中の食材の流動を促します。特に発酵食品には適しているようです。

昔水道がなかった時代、土間に大きな水甕をおいて生活用水を汲み置きしていました。なんと水は暑い夏でも腐りませんでした。
焼物で作られた水甕は、空気を通すことを経験上知っていたのでしょう。それが味噌や酒などの発酵菌を育てながら仕込む甕作りへと転用されます。
 
小鹿田の皿山で作られている蓋壺の大きさは各窯によっていろいろあるのですが、大きくて直径120mmくらいです。このサイズにも理由があります。

これらの小ぶりの蓋壺は、登り窯のなかで重ねて焼成されるのです。重ねて柱のようになった蓋壺は、窯のなかの皿や鉢や花器などを置いたときにできるデッドスペース埋めに丁度よいのです。窯はなるべく隙間なくギッシリ詰めたほうが炎の回りもよく、効率がよく焼けるからです。

一般的に、蓋のあるものを焼くときは収縮率の差が生じますから、蓋は載せたまゝ一緒に焼成します。それでは窯のなかでも場所を取りますし、手間がかかるので蓋壺を作りたがらない陶工が多いのですが、小鹿田は伝統的うつわとして作り続けられ、安価で手に入れることができます。

重ねたときに倒れないよう安定よく載せる技は、首と高台(底)を長くとること、焼成後に蓋がしっかり収まる技は、蓋の内側の引っ掛かりを身の直径より小さく作った分、高さを長くとってストッパーとするところです。こうして、窯のなかで身と蓋をバラバラの位置に置いて焼いても、自然な蓋壺が出来上がります。

【黒木力窯 飛び鉋重ね皿(3.5寸、4寸、5寸)】

 
窯のなかで重ねて焼く伝統技法を用いて、皿や茶碗、丼などは焼成されていました。

「重ね焼き」は昔の窯場では決して珍しくない風景でしたが、多量生産制が少なくなり、個人の窯が増えてきた現代、実践している窯場は小鹿田焼と沖縄方面のやちむん(方言で焼物のこと)ぐらいでしょうか。

焼成したときに釉薬が溶けて、うつわ同士くっていてしまわないように、予め下になるうつわの高台(底)の輪の直径が当たる部分の釉薬を濡れたスポンジなどで拭い取っておきます。
その跡を沖縄では「蛇の目」などと呼びますが、釉薬がかかっている部分との違いを面白く見る人と、素地がそのまゝ現れることを好まない人があります。










 
効率よく焼成した分、おんなじデザインのうつわでも重ね焼きした方の価格を安くする窯が多いです。

食べ物を載せると見えなくなるので、輪の跡が気にならないと仰るのならコチラがお得です。たまによく見ますと、窯のなかで一番上に載せられていた1枚に出会うことがあります。

灰が被ったり、しっかり釉薬がかかって、よい焼き上がりの希少な1枚です。ご参考までに。

他の重ね焼きの方法として、目打ちとよばれる小さな土の塊を数カ所高台につけておく方法もあります。骨董のうつわでは、残る目の跡の変色を見所として珍重されることもあります。

【黒木力窯黒釉くっつき三合】

 
こちらの注器は、産地にとって代表的とはいえなくなってしまった特徴のあるうつわの一つです。

片手で持ちやすい括れた胴、注ぎやすく出っ張った口、食卓で使うための酒器です。「口付き」が「くっつき」とよばれるようになりました。昔は甕に保存された酒を持つ家が多かったので、飲むときに一合、三合などと、徳利や片口鉢、このくっつきのようなうつわに移し替えました。

九州の焼酎文化においては、飲む前の日から水と焼酎を好きな対比で割っておく(前割り)の飲み方が好まれます。
酒と水の分子が混じり合って落ち着いたころに飲むと、まろやかで一層美味しいのです。

鹿児島県では「黒じょか」沖縄では「カラカラ」という独特の酒器があります。食文化の伝播によって作り継がれたうつわのカタチ。名称は異なっても、共通項がみられるところがまた面白いですね。
 










ちょっと脱線しましたが、黒木窯のくっつきの形は、他の窯では作られていません。今の陶工には作る人がいないのか、作られないのか。ベテランの黒木さんが最後の職人です。

見た目以上にたくさん入る張りのある胴体、キレのいい口作り。ロクロ技術の腕前です。

かつては似た酒器を「くっつき」という名前で、小石原焼の皿山でも見ましたが、今は全く出会いません。黒木窯は力さんの後継者がいませんので、誰か継承者が現れないかと願うばかりです。